突然、入院した話 その5

セミリタイア生活

前回までに書いたように、前日の午後、近所の眼科医で紹介状を書いてもらった翌日の夕方には、紹介先の病院で手術が終了したことになる。前日から、本当にバタバタであった。

手術後、病室に戻ってから

手術から、病室に戻ってきて30分くらいで夕食であった。昼食を食べていなかったことと、手術が終わったという安堵から、幸せな気持ちで美味しく頂いた。しかし、何を食べたのかは覚えていない。

幸い、術後、麻酔が切れても、鎮痛剤を飲まなくてはならないような激しい痛みは無く、軽い鈍痛がするくらいで助かった。とにかく1週間、うつ伏せでいることと、一日に4回、3種類の目薬を点眼するとのことで、そのまま1週間の入院生活に入った。

入院用の荷物は、翌日に持って来てもらえばいいと考えていた。手術直後に必要なものをリストにして妻に送るのも面倒であったし、ほとんど空のリュックの中に、会社員時代のものと思われるビジネスホテルの使い捨て歯磨きセットが入っていたので、今日は歯を磨いて、このまま寝ればいいやと思っていた。

それに、コロナ警戒で面会は不可能であったので、妻に今日は荷物は不要とLINEを送り、まだ、精神安定剤の効果が残っているのか、眠いので、うつ伏せになって眠っていた。

大活躍の妻

力尽きてうつ伏せで眠っていた夜7時ごろ、突然、看護師が奥様から届きましたと病室まで荷物を持って来てくれた。妻が病院に電話をして、面会は出来ないがナースステーションで荷物を受け取ることはできると聞いて、必要と思われるものを見繕って届けてくれたのだった。

必要なものリストを送っていないにもかかわらず完璧な荷物で、このブログを書いているノートPCまで入っていた。さすがにブログを書く気力は無かったが、PCがあれば、株価が動いたときの取引が楽であるし、不動産関連で送られてくる長めのメールの本文を読むのも、添付ファイル開くのも楽である。

さすが妻だと思ったが、残念ながら入院中に株価は動かず、不動産関連の連絡はあったが、電話一本で済んだのでPCの出番は無かった。

荷物は1週間入院するのに不自由しないような内容で、また、コロナ警戒で家族の面会は不可能だったので、妻には、届いた荷物は完璧なので退院まで来る必要はないと伝えたのだった。

引きこもりの入院生活

入院中はとくに食事制限等も無く、日常生活はしていいと言われていた。ただし、ベッドに戻った時は、うつ伏せ、時には、網膜が裂け始めた部分を上にするように横向きで寝ていることを指示された。

日常生活はOKと言われても、コロナ警戒のためか、同室の患者たちもベッドの周りのカーテンを閉め切り、他の患者との交流は全く無く、ほとんど出歩かない。当然、出歩くときも、患者全員マスクをすることは必須である。そんな重々しい雰囲気であった。

さらに、私の場合、右目に巨大な眼帯をテープで貼り付けられ、その状態でマスクを付け、さらに巨大な眼帯のために、眼鏡が片耳にしか掛からず、斜めに垂れ下がっている。しかも、目の手術後のため、洗髪することもできず、コロナ警戒で散髪していなかった長めの髪が頭皮の脂でベタベタになっているという状態で、人目に触れたくないような風貌になっていた。

そんな雰囲気と風貌のため、病院内を探検してみるかという考えも起きず、入院の1週間、カーテンを閉め切り、ひたすら引きこもって寝ていた。

寝ているときには、うつ伏せ、または、横向きなので、テレビを見ることは出来ない。仕方ないので、スマホにradikoをインストールして、ひたすらイヤホンでラジオを聞き、そして、しばしば、寝落ちしていた。

radikoのタイムフリーでは、過去の番組を聞くことができるので、寝落ちしてしまっても、寝落ちしたところまで戻って改めて聴くことができるので、寝ているだけの入院生活には、たいへん便利であった(続く)。

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